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 短編小説「星人募集中」を毎日更新していました。原稿用紙換算で20枚まで公開中。手元の原稿は22枚で終了しています。残り2枚。公開1回分です。

 ですが、ここでストップします。もったいぶってるわけじゃないんですよ。短編小説「星人募集中」は、記事のタイトルにふくめているとおり、推敲前の原稿を公開しています。推敲したあと改めて公開します。

「じゃあ、なんでわざわざ推敲前の原稿を公開していたの?」

 と、疑問をお持ちのかたもいらっしゃるでしょう。

 推敲前の下書き原稿が、推敲したあとどんなふうになるのか。くらべていただければおもしろいかな、と思ってこういう形にしました。興味があるかたは少ないかもしれませんが、全世界に3人いてくれればやってみる意義もあるでしょう。

 推敲はいまからはじめます。推敲後の原稿は今月中に公開できればいいかな、というはんなりした予定です。

 推敲が完了するまでは、Movable Type 4についての記事が続きます。ますます興味がないというかたがいそうで怖いです^_^;

 折原は肩を押されてつんのめった。
 だがしかし、肩を押されたと思ったのは錯覚だった。押されたのではなく、弾丸がかすめた衝撃なのだ。
「ぐわ!」
 と悲鳴をあげたのは折原ではなかった。
 岡島が胸を真っ赤に染めている。被弾したのだ。
 自分のせいだという慙愧の念が頭をよぎった。駆けださなければ山田も刺激されなかったはずだ。
「すまない」
 と心のなかであやまり、折原は走る方向をかえた。もうひとりの岡島にむかう。多勢に無勢である。人質をとらなければ逃げられそうになかった。
 岡島にむかって手をのばして、またつんのめった。
 弾丸がかすめたのではない。だれかに足首をつかまれたためだ。
「逃がじま、ぜんよ」
 足首をつかんだものがそういった。にごった声なのは肺に血が貯まっているからか。撃たれたほうの岡島であった。
「なんで!?」
 瀕死のはずだ。逃亡者など気にかけている余裕はないはず。自分の命よりも逃亡者を捕らえるほうが大事なのだろうか。
「離せよ!」
 折原は岡島の顔面を蹴った。けが人を足蹴にする行為に良心が痛む。だが、足は蹴りつづけた。
 手が離れた。
 ──いましかチャンスはない!
 と、折原は起きあがろうとした。
「逃がしませんよっていってるんです!」
 横合いからタックルされた。もうひとりの岡島だ。ふたりで草原を転がる。
 両腕が腹にまわされ、逃げられないようにがっちり固定されていた。その細い腕のどこに、と思われるほど力が込められている。はずれない。

 折原は靴音をかぞえるのやめた。背後にたくさん集まっている。そんな絶望的な状況だけでたくさんだった。具体的な数など知りたくもない。
「どうしました、折原さん。怖い顔して」
 ふたりの岡島が両手をひろげた。安心してくださいのジェスチャーだろうか。
「なにをそんなに怖がってるんですか?」
「怖がる? オレが? まさかあ」
 折原は首を振った。笑みを浮かべ、
「こんな辺境の惑星にたったひとり。クルーも見つからない。不安で不安でたまらなかった。あんたたちに会えてほっとしてるくらいさ」
 親指で背後をさし、
「おまけに、まだこんなにいるなんて心強いよ」
 と、一歩進む。
 二歩目で駆けだした。岡島にむかって一気に距離をつめる。
 山田は慌てているに違いない。おおぜいの仲間が戻ってきたことに安堵し、油断して銃をさげていたのだから。首を振って確認したときは、あまりの僥倖に笑みさえ浮かんでしまった。
 折原は拳銃と岡島の軸線上にはいった。もう撃たれまい。山田の頭がちょっとアレだとしても、岡島にあたる可能性を考えるはずだ。
 ふたりの岡島が顔をこわばらせた。
「撃つな!」
 ふたりがいい終わるよりも早く、銃声がこだました。

 折原は腰を落とし両足にバネをためた。いつでも動きだせるようにそなえたのだ。
「どうしたんですか、折原さん? 急に構えたりなんかして」
 岡島はあいかわらずにこやかであった。
 どうしたんですかと問われても、折原自身、理由がはっきりとわからなかった。嫌な予感に肌をなめられただけなのだ。
 折原は無言でふたりの岡島をにらんだ。視界の隅で山田もとらえている。
 こめかみに浮いた汗がほほまで流れる。耳のそばまで落ちてきた。
 音がした。汗の流れる音ではない。靴が草をふむ音だ。ひとつではない。複数の靴音。
「折原さん」
 岡島の笑みが深くなった。
「みんなが帰ってきましたよ」
 草をふむ音が近づいてくる。音は、ひとつ、ふたつ、みっつ。
「この惑星の太陽は」
 ふたりの岡島が太陽を指差した。
「沈みだすと早いですからね」
 むっつ、ななつ、やっつ、ここのつ。まだ増える。
「みんな早めに戻ってくるようにしてるんですよ」
 じゅうさん、じゅうし、じゅうご。靴音の主はどんな顔をしているのか。
 まだまだ増える。

「ほかのチームも戻ってくるころです」
 岡島がにこやかにいった。
「その前に、機材の管理をしているものを紹介しましょう。おーい!」
 彼は宇宙船のなかにむかって呼びかけた。レオンに似た山田はというと、銃を手にこちらを油断なくにらんでいる。
「折原さん」
 岡島に呼ばれた。機材管理の担当がでてきたのだろう。
「はじ……」
 めまして、と続けるつもりだった。だが振りかえってすぐ、驚愕で目をむくことになった。
 ひょろりとした色白の男がいた。岡島だ。ただし、ふたり。
「双子なんですよ、わたしたちは」
 ふたりの岡島が、まったく同じタイミングでニヤリと笑った。
「みなさん、同じ反応をしてくれます。たのしいですよ」
「はあ、双子なのか。それはそれは、驚いた」
 折原は苦虫をかみつぶしたような顔をした。岡島の予想通りにリアクションしてしまった。しゃくにさわる。そっくりなふたりがいれば、考えるまでもなく双子なのだ。なにをびっくりしてしまったのか。
 ──いや、しかし。
 と、折原は振りかえった。
 レオンに似ている山田が、あいかわらず銃をかまえている。
 レオンと山田が並べば、双子で通じるだろう。彼らも双子なのだろうか? レオンに兄弟がいたとは聞いていない。金髪碧眼なのに山田という日本名なのも違和感がある。
 レオンと山田。
 ふたりの岡島。
 そっくりな男が二組にいる。
 肌がひりつくような、奇妙な予感がしていた。

 遠目には黒い宇宙船に見えた。しかし、近づくにつれ、外壁が変色しているのだとわかってきた。惑星の大気圏に突入したときの熱と、その後三年間雨ざらしにあっていたためだろう。
 そばまでやってきて把握できたこともある。少なからぬ外壁がはがれており、船内が外から見えるのだ。
「不幸中の幸いともいえるんですよ。外壁がはがれてくれたおかげで、電源が死んでいても外へでられます」
 気をきかせた岡島が説明してくれた。
 折原は肩を落とした。
「やっぱり太陽光発電システムは死んでるんだな」
「ええ、残念ながら。必要最低限の機材はバッテリで動かしていますが、どれだけ省エネ運用しても、あと二年ほどしか持ちそうにありません」
「ギャレット号に──いや、ギャレット号の残骸のなかにバッテリは残っているかもしれない」
「ほお、それは吉報です」
「もっとも、そのギャレット号がどこに墜落したのかわからないんだがな」
「探索チームをつくって探しましょう。食料も水も豊富にありますからね。食料調達チームを探索チームとしましょう」
 ここにくるまでに、この惑星についてだいたいのところは聞いていた。惑星のひろい範囲が温暖湿潤気候であること。人間の天敵になりうるような動物がいないこと。また、動物や昆虫の姿が見えない理由もわかった。
「どういう習性なのか、専門家がいないのでよくわからないんですがね。動物も虫も、決まったエリアにしか生息していないんですよ。決まったエリアからはまったくでてこない。このあたりでいうと、通ってきた森のなかだけです」
 食料の調達はその森で行っているそうだ。

 森からあらわれた男は、岡島と名乗った。
「わたしも山田も、ノルベール号のクルーだったんですよ」
 ギャレット号の墜落からさかのぼること三年。べつの宇宙船が、この惑星に不時着していたのだった。
「そんな偶然があるんだな」
 折原はおどろきを素直に声にだした。同時に失望もしていた。ノルベール号のクルーたちは三年もこの惑星で生活しているのだ。いいかえれば救助がきていないということ。地球圏への生還は絶望的だった。
「わたしたちは──もうあきらめているんですよ」
 岡島が自嘲気味の笑みを浮かべた。前を歩く山田の背中を目で追い、
「山田くんはね。墜落時に頭を打って、ちょっと、ね」
 と小声で教えてくれる。
 森のなかにある獣道を山田の先導で歩いていた。彼らの住まいであるノルベール号を目指している。ずっと野宿だったので、三日ぶりの屋根つきだ。
「何人いるんだ?」
「わたしと山田くんをふくめて七人です。あなたをいれれば八人になりますね」
「喜んでいいのかどうか」
「わたしたちは歓迎しますよ。ひとが増えるのはいいことです。あ、ほら、もう見えてきますよ」
 森を抜けるとまた草原がひろがっている。ただ、ひとつ違っていた。旧型の宇宙船が鎮座ましているのであった。

「レ、レオン」
 たっぷり絶句したあと、折原はようやっと言葉をついだ。
 レオン──それは男の名前であった。ギャレット号のクルーのひとりである。金髪碧眼で長身の男だ。
「お前も脱出できてたのか! 冗談きついぞ」
「動くな!」
 レオンがさげていた武器を構えなおした。彼の持つ武器は、はたして拳銃であった。だが、ギャレット号にそなえられていたものとは違うタイプのようだ。かなり旧式の拳銃である。
「おい。いいかんげんにしろ、レオン」
「──レオンなんて男は知らない。オレは山田だ」
「は? 山田? 日本人の名前じゃないか。もうちょっとましな……」
「動くなっていっている」
 拳銃を持つ腕に力がこめられた。
 折原はひざ立ちのまま両足にバネをためた。いつでも動けるように用心したのだ。
 眼前のレオンは奇妙だった。山田と名乗っていることもそうだが、使用している武器も不自然だ。もしかしたら、本人がいうようにレオンではないのかもしれない。だとすれば──ほんとうに敵となるか。
「ああ、その、なんだ。山田くん、といったか。武器をさげてくれないか。その──間違えて悪かったよ。知り合いと似てたもんでね」
 とりあえず話をあわせた。
「いやいや、いいんですよ。この世には似た人間が三人はいるといいますからね。宇宙にはもっといて不思議はありませんからね」
 といったのは、レオン──山田と名乗る男ではなかった。森のなかから長身のひょろりとした色白の男がでてきたのだ。
「山田くん。武器をさげてあげなさい。彼は危険な人物じゃなさそうだ」
 どうやら森のなかに姿を隠し、いままで様子をうかがっていたようである。

 ひさしぶりの満腹感と、ふってわいた疑問によって注意力がにぶっていた。
「動くな。ゆっくり両手をあげろ」
 固いなにかを背中に押しつけられるまで、男の接近に気づけなかった。固いなにかが銃の先かどうかはわからない。
 折原は両手をあげながら、
「地球の言葉だな。ギャレット号のクルーか?」
 ギャレット号とは乗ってきた宇宙船の名であった。この惑星のどこかに墜落しているはずだ。
「ギャレット号?」
 背後の男がつぶやいた。尻上がりのイントネーションだ。知らないとみえる。
「三日前にこの惑星に墜落した宇宙船だ。見てなかったのか? ここから距離は離れているが、かなりのおおきさで火を吹いてたんだがな。そうとう目だってたはずだ」
「知らないな。そんなもの」
 背後の男がにべもなくこたえた。
 ポッドで脱出するさい、射出の角度によっては想定以上に飛んでしまうことがある。思った以上に距離が離れてしまっているらしい。どうりでほかのクルーと会えないはずだ。
 ──いや、そんことよりいまは。
 背後の男の正体が気になった。ギャレット号のクルーではないのに地球の言葉をしゃべっている。してみると、自分たちのほかにも、この惑星に不時着している地球人がいたのだ。
「なあ。ここにあった肉はあんたのかい? 勝手に食って悪かったよ。でも、腹がすいてたんだ。かんべんしてくれないか」
 折原はおどけた調子で話しかけてみた。
「とりあえず、背中にあたってるのをどけてほしいんだけどな」
「──なにもしないか?」
「ああ、もちろん。なにもしやしないよ」
 背後の男がすなおに武器をさげてくれた。
 折原は彼を刺激しないように、両手をあげたままゆっくりと振りかえり、
「あ、ああ」
 と、いったっきり絶句してしまった。

 折原誠は丘を一気に駆けあがった。無駄なカロリーを消費しているなと、心の一部が皮肉っていた。
 丘の上からは草原が一望できた。吹く風に草が波打っている。
 折原の鼻が匂いにひくついた。風に運ばれてくる草いきれにではない。肉の焼ける香ばしい匂いが、かすかにしているのだ。
 腹の虫が鳴いた。口中に唾液がじわりとにじむ。脳からの命令をまたずに、脚が走り出していた。
 だれが肉を焼いているかなど考えられなかった。なんの肉かもおかまいなしだ。
「肉、肉、肉!」
 かすかな匂いを追って駆けた。走れば走るほど匂いが強まってくる。空腹の身体が匂いを正確にトレースしていた。人間にこんな能力があったとは意外だった。
 どれほどの距離を走ったのか。もうひとつ丘を越えると森が姿をあらわした。森の入口には焚き火がくまれ、煙がたちのぼっている。
 折原の鼻は敏感に匂いを感じとった。肉の焼ける匂いは、その焚き火からしているのだ。
「肉!」
 ひとの姿は見えなかった。焚き火だけがポツンとあるだけだ。肉を刺した串が三本、火にあたる角度で地面に刺さっている。
 折原は焚き火に駆けより、生焼けの肉にむしゃぶりついた。筋張った肉で、おまけに生焼け。なかなか噛み切れなかった。しかし、口腔にひろがる野趣あふれる味に涙がでそうになった。
 焚き火のそばには竹筒があった。想像通り、なかには水がはいっていた。噛み切れなかった肉は水で流し込んだ。
 三本すべてたいらげて、ようやく人心地つけた。満足のため息をつき口元をぬぐう。そこでようやっと、疑問がわいた。
 だれが焼いた肉なのか、と。
 そして、なんの肉なのか、と。
 ふと思い出した。不時着してから今日まで、動物はおろか虫のたぐいすら見ていなかった、と。

 折原誠は最後の非常食を飲みこんだ。
 仲間のクルーを探しはじめて今日で三日目になる。脱出ポッドに備えられていた食料は一日分しかなかった。遭難した不運に嘆きながらも、食料を三倍もたせたのだ。
 非常食は生存のための備蓄ではない。銀河系からはるかはなれた星系で遭難して、無事でいられるわけがないのだ。非常食があろうかなかろうが、遅かれ早かれのたれ死に。宇宙船の脱出ポッドに非常食が備えられているのは、たんに人道上の問題をクリアするためだった。
「名もない惑星で遭難か」
 苦笑が浮かんだ。泣いても貴重な水分が失われるだけだ。開き直るしかなかった。
 折原たちの乗った宇宙探査船は、突如遭遇した隕石群にエンジンと噴射ノズルを破壊されてしまった。身動きがとれなくなった宇宙船は惑星の重力につかまり墜落。クルーたちは脱出ポッドで逃げおおせたが、ばらばらになってしまったのだった。
 名もない辺境惑星にただひとり。こんな心細いことがあろうか。
「だが、それでもオレはラッキーだぞ!」
 折原は青空にむかって吠えた。気持ちいいくらい声が響いた。見渡せばどこまでも続く草原がひろがっている。宇宙服を着ていなくても生きていける惑星だった。もっとも、未知の病原体がいるかもしれないが。
「そんなの知ったことか! うおおおおおお!」
 折原は叫びながら疾走した。ゴールは二〇〇メートル先の小高い丘だ。
 バカな行為という自覚はある。走る必要も、叫ぶ理由もなかった。だが、精神のガス抜きが必要だった。神経が張りつめたままでは、いつ発狂してもおかしくない状況なのだ。