小説「死神の手(仮)」1
男と女が争いながらもつれあっていた。
三日月のはかない光が斜めに差し込み、高架下をかすかに照らしている。男のシルエットはかなり大柄で、女の抵抗などものともしていなかった。
「予知より──ふん、十五分遅れだな」
携帯電話で時刻を確認しながら、酒井メグルは中身の残るアルミ缶を男にむかって投げた。コーヒーの飛まつを飛ばしながら放物線を描き、男の頭上をすぎて高架の支柱にあたる。
「ありゃ、失敗」
酒井は鼻の頭をかいた。
「なんじゃおら!?」
男の野太い声がコンクリートの支柱にあたって反響する。狩りを邪魔された苛立ちと怒りが、たっぷりと込められていた。
女の反応は男よりも鈍かった。一拍遅れて、
「た、助けて!」
男の気がそれているすきに逃げればいいものを、と酒井は小さくごちた。
女にとって運がよかったのは、男がもう見向きもしなくなっていたことだ。大柄な黒いシルエットは、赤く光った目を酒井にだけむけていた。
「邪魔してんじゃあねえぞおおお!」
吠えながら突進してくる。女を人質にとるつもりはないらしい。突然わいてでた邪魔者より自分のほうがはるかに強いとカン違いしているのだろう。
高架下から月下へ飛び出た男の体躯は、なるほど、ウェイトリフティングでもやっているかのように頑強だ。上背もあるし筋肉も厚い。男の突進をまともに受ければ一〇メートルくらいは余裕で吹っ飛ばされるだろう。脳震盪はまぬがれまいし、へたすれば骨折だ。
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