小説「死神の手(仮)」4
「とにかくオレは貴様に同情しない。同僚のなかには情けをかけてできるだけ早く死人の核をつぶすやつもいるが、オレはそういうのは嫌いだ。だから、これからいうことは取り引きと思ってくれ」
死神の手をゆるめる。ただし、ほんの少しだけ。
「貴様に死人の核を埋め込んだやつのことを吐け。そうすれば、苦しまないようひとおもいにとどめをさしてやる。吐かなければ──じわじわ苦しめながら破壊するぞ」
酒井はせいぜい意地悪く見えるように唇をゆがめた。
「な、るほど。お前、死神の使い、か」
男がとぎれがちに言葉をついだ。
「なら、こ、これは、死神の手、か。む、むかつく」
男が死神の手をつかもうとするが、筋肉質の手はすり抜けるばかりだった。
「ほい残念。死神の手はさわれません」
酒井はおどけていいながら内心では苦笑をもらした。さわれないってことは役立たずって意味でもあるけどな、と日ごろの考えが頭をもたげたのだ。
たしかに、死神の手には酒井自身ですらさわれない。だが、いや、だからこそ、死神の手はこの世にある物体にはふれられないのだ。4mくらいまではのびるが冷蔵庫を物色することすらできない。DVDプレイヤーのディスクを入れ替えるためには、プレイヤーまで歩いていかなければならない。死神の手は、たったひとつの目的以外には、まったく使い道がないのだった。
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