小説「死神の手(仮)」10
よけられない。
瞬間的に確信した。
巨大斧の一閃は脳天に深く食い込み、赤い飛沫をはじき飛ばすだろう。夜の世界を睥睨する三日月さえ、その未来を疑いはすまい。
「あっ」
斧少女が驚愕に口をひらいた。
酒井の左肩からのびた死神の手が、斧の腹を叩いたのだ。軌道のそれた刃が地面に深々と刺さった。
「半分にちょん切られていても、これくらいには使える」
そして、斧が腕を切れるということは、死神の腕も斧にふれられるという理屈だった。
「おしかったです」
少女が斧を手にしたまま軽々と跳び、また距離がひらいた。斧は地面に刺さっていたはずだが、まるで苦にせず抜いていた。重さも気にならないようである。
「おいおい。さっきまで斧にふりまわされてたっていうのに、急に軽々と持ち出したな」
火事場のくそ力、というわけでもなさそうだった。
「油断させるつもりでしたのに、思うようにはいきませんね」
少女の声は涼しげではあったが、強くひきむすんだ唇からはくやしさがにじんでいた。
つまりは、重い斧を扱いきれていないように見せて油断させ、ここぞというときに本来の力をだす作戦だったということだろう。
「まさか戦いの最中に胸にさわられそうになるとは思いませんでしたので、とっさに体が反応してしまいました」
「おい、オレは」
酒井は慌てて弁解しようとした。
癇癪玉のはじける音に続く言葉を飲み込んだ。
いや、癇癪玉ではない。拳銃の発砲音であった。一発ではなく連続で鳴った。
「お嬢様!」
低音だがよく通る男の声が高架下からした。
「こちらにも敵です!」
斧少女が高架下へ顔をむけるのを確認するまでもなく、お嬢様とは彼女をさした言葉だろう。
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