小説「死神の手(仮)」11
斧少女が高架下へ顔をむけるのを確認するまでもなく、お嬢様とは彼女をさした言葉だろう。
「まさか!」
酒井は生ける死人の姿を探した。いない。舌打ちひとつ身をひるがえす。高架下へむかって全速力で走り出した。
「待ちなさい!」
斧少女の声が追ってくる。
彼女が生ける死人かどうかはわからない。
カンは違うといっている。だが、判断をあせるとろくなことがない。いまは斧少女の氏素性を知るよりも、生ける死神だとはっきりしている男を追うべきだった。
「待ちなさいっていってるでしょ!」
怒気を含んだ声がひっきりなしに背中を叩いてくる。距離がひらかない。重い斧を持っているはずなのに……。たいした足腰の強さだった。
高架下にはだれもいなかった。酒井は足をとめず反対側へと抜けた。
痩身長躯の男が立っていた。逃げた男とはシルエットが異なっている。さきほど「お嬢様」と叫んだ人物だろう。
「とまれ!」
男が両手を地面と水平にあげた。灯りの少なさに目がなれたのか、銃口をむけられていることはすぐにわかった。
酒井は両手をあげた。銃が恐かったわけではない。ほかに人影、つまりは逃げた男の姿がなかったからだ。
しくじった。
内心はそう確信していたが、あきらめきれずに、
「男はどっちへ逃げた?」
と、銃を構えた男へむかって訊いてみた。
「教える義理はないですな」
返事はつれない。
「義理はない、か」
酒井は苦笑を浮かべた。自分が生ける死人にむかって口にしたのと同じ言葉だったからだ。
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