小説「死神の手(仮)」12
「教える義理はないですな」
返事はつれない。
「義理はない、か」
酒井は苦笑を浮かべた。自分が生ける死人にむかって口にしたのと同じ言葉だったからだ。
「ナイスです、室井!」
斧少女が高架下から躍りでてきた。
銃を構えたまま微動もしない男は、どうやら室井というらしい。彼は白髪のまじる髪をオールバックにしている。月明かりだけでははっきりしないが、黒い燕尾服を着ているらしかった。顔に刻まれた皺から六十歳は越えていると推測ができる。しかし、肌の張りだけをとれば三十歳でも通用しそうだった。
「室井、もうひとりの敵は?」
斧少女が斧を構えながら室井に問うた。目は油断なく酒井にむけられている。
「もうしわけありません。逃げられてしまいました」
「しかたありません。ふたりもあらわれるとは思いませんでしたから」
「ちょいっといいかい」
酒井はふたりの会話にわりこんだ。
「たぶん、だが。おたくら誤解してると思うぞ」
「なんの誤解ですかな」
室井が低い声でいった。斧少女と話しているあいだも、たったいまも、銃口は微動もしていない。腕を地面と水平にかまえるのはカンタンだが、持続するのはあんがい難儀だ。だというのに、こうもピタリと決まっているとは。ただものではないという証左か。
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